木村政雄のコラ!!ム - 最新エントリー

2月のコラ!!ム

更新:
2012-2-1 15:25

母が亡くなって5ヶ月、そろそろ大阪の家も処分しなきゃいけないなと思っている。このところ帰阪するのは月に1回あるかどうか、いくら近所に姉がいるとはいってもメンテナンスは行き届かない。そんなこともあって、そろそろ処分しなきゃと思っているうちに時間が経った。だがその前にやることは山ほどある。先ず、大阪においてある本はどうする?ブックオフが近いこともあって、集荷をお願いしたのだがその数800冊。思い入れのあるものだけを残したのだが、それでもこれだけの数。次は服、ネクタイ、シャツ、靴下に靴と続くのであるが、東京の家のキャパシティを考えると大半は処分せざるを得ない。メボシをつけるのにほぼ2日かかかったが、お陰ですっきりした。こんな事でもなければ、きっといつまでもこの荷物を抱えていたに違いない。目の前でかいがいしく手伝う妻の姿を見ながら、「こればっかりは置いておかなきゃしょうがないな」と(残)マークを入れた次第。まさか、妻の方が私に(棄)マークを入れてはいないだろうな?

1月のコラ!!ム

更新:
2011-12-30 15:55

  多少は自分の年齢もあるのだろうが、年毎に新年を迎える感動が薄れていく気がする。会社勤めでもしていれば多少のメリハリもつくのだろうが、フリーターの身ではそれもない。ただ昨日の続きがあるだけのコト。いまさら、「今年こそ!」と立てるほどの誓いがあるわけでもなく、無事にそこそこ楽しく過ごせればそれでいいだけのことである。いや寧ろ、誓いを立てることなど止めてしまったほうがいいのかもしれない。そうすれば年の瀬に「アー、今年もダメだった」などと落ち込むこともなくなる。

 達観というわけでもないが、いつも時はうつろい変わりゆくものだ。今更あくせくしても始まるまい。ならばいっそ、身を委ねて時の流れや気の流れに身を委ね、たゆたうのもまた一興かなとも思う。

 ファイブエル二月号で対談をさせていただいた山﨑努さんの著書『俳優のノート』にこんな一節がある。概して日本の俳優は一つの感情に引きずられて演技の飛躍が出来ないのだが、演出家の鵜山仁氏はセリフの間に(なぁんちゃって)という言葉を挟むことによって矯正したのだという。

 シリアスな問題に直面したら、この業を使えばいい。「この閉塞状況を打破するために我々は!」の後に(なぁんちゃって)を挿入すれば、力みも抜けて新しいアイデアが生まれてくるかもしれない。今年は、このスキルを活用して、一見遊び呆けていた内蔵助の様に過ごしてみようかな(なぁんちゃって)

12月のコラ!!ム

更新:
2011-12-1 14:41

 寒さと共に十二月がやってきました。振り返れば、今年は妻の母、次いで私の母を亡くしました。共に八十二歳と九十歳、天寿を全うしたと言えるのかも知れません。喪失感はあるものの、子として親を看取れて良かったという安堵感もいささかあるのですが、自分より若い人が亡くなるというのは悲しいものです。

 一人はチャーリー小林君、若い頃ニューヨークに渡り旅行社を起こし活躍していたのですが、リーマンショックのあおりを受け、失意の上帰国その後あまり会う機会も無くどうしているのかと思っていたところ、すい臓がんのため亡くなったとの報が。通夜で見た顔がかってと余りに違っていたのに驚きました。思えば、彼の「ニューヨークで吉本新喜劇が見たい」という一言でブロードウェイ公演が実現したのです。まだ六十歳、早すぎる死です。

 もう一人は、端田省洋君。はしだのりひこさんの弟で、兄の事務所を支えると共に作詞家としても「沈黙」などの作詞家としても活躍していました。芸能界を離れてからは保険事務所を営み、我が家も御世話になっていたのですが、肝臓がんで亡くなりました。五十七、八歳だったと思います。ケニアに行っていて葬儀に行く事は出来なかったのですが、早すぎる旅立ちです。

 もともと、京都時代からの妻の知り合いでしたが、夫婦共にお付き合いのあった人達です。省洋君は彼の親友が亡くなった時、「六十の壁」というようなことを言っていたようですが、まさにその壁を越えることが出来なかったようです。

 でも、何時までも感傷に浸っているわけにもいきません。二人の母たちは敗戦の中、懸命に子育てをしてきたのだし、若い二人はある時期自分たちの夢を実現してきたのです。残された私たちも、残された年月を「この人達に負けぬよう懸命に生きねば!」と改めてそう思わされた次第です。

11月のコラ!!ム

更新:
2011-11-1 19:15

 ソウルから帰ったら、十一月になっていました。それにしても十一月という月は余り意識することが無い月だと思いませんか?十月は衣替えや、下半期のスタートということもあってそれなりに「いよいよ今月から」ということを意識する月ですし、十二月は一年の締めくくりということもあって意識することが多いのですが、十一月というのはどうも余り意識しないうちにいつのまのか過ぎていくような気がします。

 十一という数字がいけないのでしょうか?十までならランキングにも入れてもらえるのですが、十一ではそうも行きません。いっそプラスマイナスと読み替えてみたら良いかも知れません。金銭でも、自分が立てた目標や善行、何でもいいから、十一月に入ったら今日はプラス、今日はマイナスと考えてみたら面白いかもしれません。一ヶ月経った時にはたしてプラスで終われるのか、マイナスで終わってしまうのか、一年に一度くらいこんな風に過ごすのも悪くないような気がしますが。私?今日は留守を守ってくれたワンコの頭をなでてやったし、スタッフの皆に土産をふるまったので若干のプラスですかね?

10月のコラ!!ム

更新:
2011-10-3 16:38

 十月一日、仙台へ行ってきました。母校・同志社大学のキャンパスフェスタで講演をするためです。行きは東京から喫煙ルームも無いJR東日本めの「はやて」で行ったのですが、仙台市内はほとんど地震の後も窺えないくらいに美しい街並みで私を迎えてくれました。帰りは翌日に満中陰の法要を執り行うということもあって、仙台空港からANAで伊丹へ。約45分くらいの道のりの中、タクシーの運転手さんに3・11の話を聞きつつ、ちょうど名取市の辺りに差し掛かった頃です。車の残骸が山のように積まれそのまま放置されているのが目に入りました。その後、4号線を進むうち、高速三陸道が第二防波堤のようになり、押し寄せる津波は相当部分防いだものの、結局海水に浸されてしまい田植えも出来ないままに放置された田圃や、多分近くにある航空学校のものであろう練習機が放置されたままになっているのを見て、津波の恐ろしさをようやく実感しました。30名以上の人が犠牲になった仙台空港が、何事も無かったかのように復旧しているのを見て、その復元力に感動すると同時に、不幸にして亡くなられた方々に今更ではありますが、謹んで哀悼の意を表したいと思います。母を納骨する際に、その意も込めて手を合わせました。合掌!

09月のコラ!!ム

更新:
2011-9-1 13:23

「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」、新首相になった野田さんのお陰で、あいだみつおがブームになっているという。「駒形どぜう」の売上げが上がったかどうかは知らないが、おかげでこれまでマイナーな存在であったどじょうにも、少しは光があたるようになるかもしれない。

 この言葉、結構深い。どじょうを日本、金魚をアメリカ。どじょうを我々、金魚をセレブに当てはめるとよく解る。もう、「先行するモデル」があって、それにキャッチ・アップすることで自らの存在をアピールする時代ではなくなったのかもしれない。「アメリカみたい」、「パリみたい」、「東京みたい」ではなく、それぞれが、それらしくあればいい。LOACH(どじょう)NODAは、3・11以後やや潮目の変わった人々の意識に刺さる、実にいい言葉を選んだと思う。
確かに、風采は上がらないし、派手さも無い、消極的選択によって選ばれた側面もないではない野田さんではあるが、その実、結構したたかに、着実に成果を上げる首相になるのではないだろうか。民主党はここにきて、ようやく正しい選択をしたのではないかとさえ思うくらいだ。

 かく言う私も自分のことを、さすがに金魚とまでは思っていなかったが、せめて鰻か穴子くらいかなと思っていた。だがこの際、今一度原点に回帰して、どじょうとしての味に磨きをかけ、どじょう界の晴れ舞台・「駒形どぜう」からデビューせねばと誓った次第である。

08月のコラ!!ム

更新:
2011-7-29 17:11

 

 低反発や高反発というと何やら寝床に敷くマットのように思われますが、ここで言う低反発は今年からプロ野球で採用された統一球のことです。ご承知のように今年から日本のプロ野球では国際基準に近い低反発球の採用に踏み切りました。お陰で様相は一変し、すっかり「投高打低」。防御率は21世紀最低の2点台、チームの平均打率は2割4分台、ホームランの数も1試合1本は減っています。

 試合のロースコア化も進み接戦が増えています。従来のように、ホームラン頼みの巨人のようなチームは、飛ばない・打てない・つながらないと貧打に喘いでいるし、傑出したスターはいないけれど、つなぎの野球をモットーに、全員で1点を取りにいくヤクルトや日ハムは善戦しています。

ボールが高反発から低反発に変わるだけで、野球そのものが変わってしまったのです。つまり、派手に打ち勝つ時代は終わり、より細かい野球を実践できたチームが栄光を極める、そんな時代になったのではないかと思います。

 なでしこジャパンもそう。確かに沢穂希のような精神的支柱になる選手はいますが、例え沢が封じられても宮間や川澄、丸山、大野、阪口などが一丸となって点を取りに行ったから勝てたのです。もちろん、キーパーの海堀や近賀、岩清水、鮫島、熊谷などのディフェンダーが体を張って頑張ったことは言うまでもありません。

 低成長の成熟期を迎えた今の時代を生き抜くヒントを、スポーツから教えてもらった気がしました。

07月のコラ!!ム

更新:
2011-7-1 11:55

 「暑い暑い!」と言っているうちに7月を迎えてしまいました。京都人は同じ言葉をリフレインすると言われますが、とんだところで地が出てしまいました。いよいよ今日から電力制限も始まります。大口需要者には義務付けられるのですが、小口需要者や一般家庭には強制力が無い為、自主的な節電を促すのだとか。さっそく東京電力では今日8時半から電気予報を出して逼迫の度合いを公表しています。マスコミを通じたキャンペーンもあってか、本日の電力消費は前年、昨日を下回って推移しているようです。ほんとに、日本人って従順な国民だと思います。もちろん、私とて国難とも言われるこの時期に協力すること吝かではありません。羽根なし扇風機を購入したり、窓ガラスに吹きかけ室内温度を下げるスプレーなども購入しました。だがしかし、です。このグラフに示されるピーク時供給力の数字はどこまでリアルなものなのでしょう?もしかしたら、多少糊代のようなものが含まれていて、本当は大丈夫なんだけれど、供給量逼迫を理由に原発継続に持っていかれるのではないかと疑ってしまいます。

 もう一つ、地上アナログ放送が7月24日までに終了し、この日以降アナログ対応の従来型テレビでは一切のテレビ放送が視聴できなくなるといわれているのですが、これも怪しいと思います。岩手、宮城、福島の三県では最大1年のアナログ停波延長になったそうですが、独居高齢者世帯などで対応できていない所で一切テレビが見られなくなるとも思えません。もっとも、停波して困るような番組があるわけでもないのですが。いずれにしても、あるメッセージが新聞・テレビを通して喧伝されるようになったら、ちょっと待てよ、と考えた方がいいんじゃないでしょうか。「一体、これで誰が得をするんだろう?」。でも、こんな事を考えるのは、やっぱりわたしの臍が曲がっているからなのでしょうか?

06月のコラ!!ム

更新:
2011-6-1 13:41

 六十五歳を迎えたと思ったらもう月が変わりました。六月といえば入梅、今年は例年より十二日も早く梅雨の梅雨入り。浮き浮きする桜の季節を終え、すっきりとした青空の季節のあと、どんよりしたこの季節を迎えると、どうしても気分が滅入ってしまいます。

 あの芭蕉が「五月雨を集めて早し最上川」と詠んだのも、気持ちをふさぐ五月雨の空を最上川の豪快な流れが飲み込んでいくような様子に、梅雨の明けることを期待する気持ちが込められていたような気がします。考えてみれば季節というものは良く出来ています。厳しい寒さの後には草花の萌える春が来て、梅雨の後にスカッとした夏空が開けるのです。「五月雨の降り残してや光堂」という句にしても、梅雨のうっとおしい気分と、明るさをあらわす光の対比を詠んだものであるように思います。東北大震災以降閉塞感に覆われた今の日本ですが、この先にはきっと光があるということを信じて、今を懸命に生きねばならない改めてそう思いますね。

05月のコラ!!ム

更新:
2011-4-29 16:04

今頃はケニア。4月29日から5月8日まで10日間の旅です。私が3度目、妻は4度目の訪問。憧れていたムパタ・サファリクラブがすっかり気に入って、近頃はどこへ旅しても、「やっぱり、ケニアがいいよね」ということになってしまいます。なんでも「アフリカの手」という言葉があって、「一度アフリカを訪れた者は、必ずもう一度帰ってきたくなる」ということなのですが、どうやらまんまとその手にはまってしまったようです。
確かに、若い頃はアメリカ、その後ヨーロッパ、そしてエジプト・トルコという風に行きたい場所は変わってきましたが、やはり、年を重ねるごとにテンションが緩やかな方に移行していくのかもしれません。
憧れのロッジでいったい何をしているのかというと、サファリドライブに出かけるか、日がな一日本を読んでいるか、それとも屋外にあるジャグジーバスで眼下に広がるサバンナに見とれているくらい。何もない、あるのはサバンナの先に広がった地平線のみ。ゆっくりとした時の流れが本当に心地いいんです。ただそれだけ。見上げる空も見事に美しい。自家発電とあって、夜はろうそくの光だけ。それでも何の不自由もない。テレビも新聞もない。「無いことの価値」きっとそれが、良いのだと思いますね。
震災報道に明け暮れるこの国を暫し離れて、今回の災害がもたらした意味をもう一度ゆっくりと彼の地で考えてきたいと思っています。