木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 話を戻します。横山さんが「テレビスクランブル」に出るようになった同じ82年、東映から主演映画のオファーがありました。しかも、83年の正月2週の公開というではありませんか。原作は1977年に別冊文芸春秋の春号に掲載された、小林信彦さんの短編小説「唐獅子株式会社」。実はこの作品、映画化の話もあったのですがなかなか決まらず、82年3月、ニッポン放送の「沢田研二の夜はいい奴」で、脚本 藤井青銅・演出 宮本幸一、黒田哲夫・沢田研二、ダーク荒牧・横山やすし、大親分・藤岡琢也・原田・世良公則というキャストで放送され、皆が関西系ということもあってカラミが抜群に面白く、急遽話が進んで、紆余曲折はあったものの、83年4月正式に東映で製作することが決まったのです。

 とうに、娯楽王の座はテレビに譲っていたとはいえ、我々世代にとっては映画はやはり別物だったのです。まして正月映画、しかも主役ともなればこんな名誉なことはありません。原作者 小林信彦さんのたっての希望とあればなおさらのことです。「根っからの漫才師」を自称する横山さんにとっても、心中期するものがあったと思います。

 東映のプロデューサーは天尾完次さん。一見柔和な表情とはうらはらに、低い声に凄みがあって、さぞかし多くの修羅場をくぐってきたであろう事を忍ばせる人でした。あまりテレビ局にはいないタイプで、すぐに「本編とは!」という言葉を振り回すコチコチの映画人かとも思ったのですが、どうやらそんな人でもないようです。キャリアを見て納得しました。天尾さんにとって、この作品は71作目になるのですが、これまでには、「十三人の刺客」「誘拐報道」「新幹線大爆破」「悲しきヒットマン」「大日本帝国」「二百三高地」など硬派ばかりではなく、「温泉みみず芸者」で池玲子さんを発掘したり、菅原文太さんと愛川欽也さんの「トラック野郎」シリーズを手掛けてこられていたからです。

 天尾さんから、「監督は日活の曽根中生さんでいこうと思う」と聞いたのは打ち合わせの行われた西荻窪の旅館だったと思います。「なんで東映の映画に日活の監督を?」とも思ったのですが、他社とは言え、どおくまん原作の「嗚呼!!花の応援団」3部作をヒットさせた腕をかっての起用だろうと納得はしました。イメージキャストは「ダーク荒牧・横山やすし、黒田・田中邦衛、原田・風間杜夫で、撮影は9月末から11月初め、横山さんには20日は割いてもらわないといけませんな」と言われました。さあ、後はシナリオを待つばかりです。ところが、これが・・・

「トラック野郎」生みの親であり、東映プロデューサーの天尾完次さん

 

日活「嗚呼!!花の応援団」の監督も務められた曽根中生さん

 

「唐獅子株式会社」出演のために断髪式をした横山さん

 

原作 小林信彦さんの著書と、DVDのジャケット写真

 

東映「トラック野郎」と日活「嗚呼!!花の応援団」

 

打ち合わせが行われた西荻窪の旅館「木村館」の外観