木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 桂三枝さんで、もう一つ思い出されるのは、83年に文化庁芸術祭大賞を受賞した創作落語の「ゴルフ夜明け前」を映画化したときのことです。この作品は、混迷を深める幕末期に、「西洋では物事を議論するとき“こるふ”(ゴルフ)というスポーツ親交を深めるという話を耳にした、新しいもの好きの坂本龍馬が、京都郊外の山城で近藤勇とゴルフ対決をして、互いの心に根差す熱い意気を確かめ合う」というもので、お話をいただいたのが87年の2月ですから、まだ私が東京事務所にいた頃の話です。

 東宝の小林さんという方からお電話をいただき、赤坂プリンスホテルでお会いした際に「ぜひともこの作品を映画化したい」というオファーを受けたのです。東宝のイメージが三枝さんに合うと思ったこともあって、すぐにマネージャーを通じてご本人の意思を確認したところ、さっそくOKが出て、話を前に進めることにしました。とは言え、この年は3月の新喜劇のニューヨーク公演や、パリ・ロンドン出張、「アメリカン・バラエティ・バン」の準備もあり、私自身が多忙を極めていたこともあって、しっかり者の河野由美子と、武田良子という2人の女性社員の力を借りることにしました。

 プロデューサーの富山省吾さんとお会いしたのは、たしか4月のことだったと思います。平成のゴジラシリーズを手掛けられ、後に東宝映画の社長になられるずーっと以前の話です。東宝の方らしく、それまでお会いしてきた東映や松竹の方とは違って、とてもジェントルな方だったように記憶しています。それ以降、話はとんとん拍子に運んで、監督は、森繁さんの社長シリーズを手掛けられた松林宗恵さんに、脚本は、映画・テレビ以外にも、水島新司さんの「男どアホウ甲子園」や、小島剛夕さんの「宮本武蔵」の原作を書かれていた佐々木守さん。キャストの方は、陽気で人懐っこくて、どこかとぼけた坂本龍馬を渡瀬恒彦さん、どこまでも大真面目で剛毅な近藤勇を桂三枝さん、おりょうを高橋恵子さんに配するなど、次第に骨格が固まっていきました。

 吉本からも、西郷隆盛に西川きよしさん、桂小五郎に島田紳助さん、土方歳三に西川のりおさん、他にも桂文珍さん、阪神巨人さん、太平シローさん、そしてもう一人、明石家さんまさんにも、三枝さんからのリクエストということでお付き合いをいただきました。私が、唯一現場に顔を出せたのは10月7日、関西テレビで収録を終えた三枝さんと、テレビ局近くの「大味」という店で食事を共にした後、宿泊先の奈良ロイヤルホテルへ同行し、翌朝まだ開業前のレイクフォレストリゾートまで行って、さんまさんの出演シーンに立ち会った、この日だけでした。

 考えてみれば、このレイクフォレストリゾートは、上司から「たとえゴルフをしなくても、パーティだけでもいいから顔を出せ」と言われても、「絶対嫌です」と拒否し、メーカーからプレゼントされた高価なゴルフセットも、「ゴルフデビューするんだけど、道具を持っていなくて・・・」と困っていた知り合いに、たった2匹の蟹と交換してしまったほど、ゴルフ嫌いの私が、生涯で唯一、行ったゴルフ場となってしまいました。三枝さんは2012年、6代目文枝を襲名された後も、創作落語を作り続け、その数250作を超え、なんと73歳にして新作「富士山初登頂」を、現地で披露をされたとか。いやはや、その創作力には端倪すべからざるものがあります。どうぞ、これからも末永くご活躍されますように。

富山省吾さん

富山さんの著書「ゴジラのマネジメント」

レイクフォレストリゾート