木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 当時大阪には、関西のサブカルチャーに大きな影響を持つ「プレイガイドジャーナル」というB6版の情報誌がありました。確か、ここが主催したイベントだったと思うのですが、「大阪・若手文化人の集い」というチラシが目に入ったので「どんな奴がおるねん?」という興味と、場所が本社ビルの階下にある日立ホールということもあって出かけてみることにしました。都合5・6人の人が出てきてあれこれと話をしたのですが、いずれもさして興味を引くものではなかったのですが、たった一人だけ「大阪のチンピラを主人公にした映画を創りたいんですわ!」と叫んだ男がいて、彼だけが印象に残り、後日に2人で会うことにしました。

 彼の名は井筒和生(現在は和幸)さん。「ピンク映画ばかり撮っていて、そろそろ自分がやりたいものを撮ってみたい」とのこと。さりとて映画会社に強いコネがあるわけでもなく、考えを巡らせていてふと思いついたのが、「一気に映画へ行く前に、一度テレビでやってみたらどうだろう」ということでした。そこで、年齢も近く、親しくしていたKTVの西田さんに話を持って行くと、興味を示し、日曜日の16:15~17:40のローカル特番枠でやろう」ということになりました。井筒さんが脚本を担当し、キャスティングも紳助・竜介、明石家さんま、阪神巨人などの若手に、横山やすし、笑福亭仁鶴といったベテランにも参加していただいて、オールロケーションで撮るということになったのはいいのですが、心配の種が一つだけありました。

 この西田さん、とってもナイスガイなのですが、その繊細なお人柄のゆえなのか、酒に飲まれるタイプの人なのです。一度酒でしくじって左遷されていたのですが、ようやくその禁も解けて制作部に復帰したばかりでした。今回はその再スタートとあって「撮影開始の前夜に思い入れをし過ぎて、飲まれなきゃいいがな?」そう思っていた私の不安は的中、案の定、心斎橋の上から始まったファーストシーンから迷走気味。とてもディレクションなど出来るわけもなく、ADの宮崎さんと井筒さんの手で大半のシーンを撮り終えたのを覚えています。でも、番組化を実現できたのは彼のお陰です。「しょうがないな」と思いながら皆に愛されている不思議な人でしたね。

 この番組が契機になったのか否か、翌年ATGの「1000万円映画企画」で紳助・竜介主演の「ガキ帝国」の映画化が実現したのですから、少しは役に立ったのかもしれませんね。

井筒さんの脚本「恋のかけら -大阪物語-」のスケジュール表

 

映画化が実現した「ガキ帝国」(監督・井筒さん 主演・紳助竜介)