木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 この人生幸朗さん、1907年生まれで私より39歳上ですから、当時は63・4歳だったと思います。自分の出番の前で、人気者のやすし・きよしが大爆笑をとって、大幅に出演時間をオーバーして舞台を下りて来た時も、負けじとそれ以上の笑いを取って舞台をおりてくる、芸人魂に溢れた人でした。都家文雄さん直伝の時事や世相風刺のボヤキ漫才の要素に、時の流行歌のボヤキを取り入れることで、多くの人たちに認知されるようになりました。

 「まあ皆さん、聞いてください」と語りかけ、世相やニュースを斬ったあと、五木ひろしさんの「愛の始発」の歌詞、「川は流れる 橋の下」を取り上げ、「当たり前や、橋の上流れ取ったら水害やがな!」、伊東ゆかりさんの「小指の想い出」の「あなたが噛んだ小指が痛い」には「誰が噛んでも痛いわ!」とボヤキます。歌詞ばかりではありません、タイトルにもその矛先は向けられます。西郷輝彦さんの「海は振り向かない」には「当たり前や!!海が振り向いてみい、船は元の港へ逆戻りじゃ!」、千昌夫さんの「アケミという名で十八で」には「アケミいうたら皆18かえ!うちの近所のアケミは68じゃ!」などとボヤクのです。そして、ボヤキが最高潮に達したとき人生さんは「責任者出てこい!」と絶叫します。すかさず「出てきたらどないすンのン!」とツッコミを入れる相棒の幸子さんに、「謝ったらしまいや!」と言って終わりになるのですが、流行歌をネタにするだけに、ファンから非難されることもあったと聞きますが、逆にとり上げてもらった歌手の方に「漫才のネタになるほど有名になった」と感謝されたこともあったそうです。

 大器晩成の人生師匠は、自らが苦労の上に努力と実力でトリを務める地位を勝ち得たという自負もあっただけに、易きに流れる若手や、テレビ出演のために簡単に出番の変更を許す風潮にくぎを刺す意味もあって、あえて、苦言を呈されていたのかもしれません。全身に汗をびっしょりかいて舞台からおりて来られる師匠を見るたびに、本物の「芸人魂」を学ばせていただいた気がしましたね。

人生幸朗さん 生恵幸子さん

 

人生幸朗さんの「ええかげんにせんかい! 責任者出て来い!」