木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 こうしていろんな芸人さんとの交流も少しずつ増えてはいきましたが、一緒に過ごした時間が一番多かったのはもちろん西川さんでした。やすしさんの事件の後に引っ越された千里の自宅へも何度かお邪魔をしました。やす・きよ漫才の面白さの虜になっていた私は、生意気にも西川さんに「もう一回、日本一を目指しましょうよ!」と言って、「なれへんかったら、どうすんねん?」と返され、「その時は会社を辞めます」と答えたことがあります。「君が辞めても、しゃーないがな」と言われ、その時はそれで終わったのですが、その思いはその後も変わることはなかったと思います。

 当時の吉本は、先輩が手取り足取りして後輩を指導せず、「勝手に現場で頭を打たれながら、仕事を覚えろ」という風潮の会社でしたから、多くのことはやす・きよさんはじめ、芸人さんやテレビ局やラジオ局の人から教えていただいた記憶があります。中でも一人になって懸命に頑張っている西川さんと、密な時間を過ごせたことは、後々の自分の貴重な財産になった気がします。

 西川さんから学んだのは、何といっても周囲への気遣い。共演者やスタッフへの心配りは尋常ではありません。「みんなこの人のために頑張ろう」と思いますよね。町中で靴磨きのおじさんがいれば、必ず磨いてもらって定価の倍ほどのチップを、そりゃ、「西川さんっていい人や!」となりますよ。タクシーに乗れば2,100円程の料金でも、3,000円渡してお釣りを待っている私を後目に「運転手さんお釣りは結構です」と言いながらさっさと降りていきます。「後で精算する私の身にもなってくださいよ」と言いたいところですが、これも西川さんの評判を上げるためと思い、辛い思いをしたこともありましたね。

 自身が苦労を重ねてきただけに、それだけの気配りができるのでしょうね。気を遣うということが、自然と身についているのだと思います。それまでの反動で逆に威張りちらす人もいるのでしょうが、そんなこととは凡そ無縁の人でしたね。西条凡児さんの後を継いだ「素人名人会」や「4時だぜ!飛び出せワイワイワイド」のような、素人さんや子供たちを相手の司会番組では、ことのほか西川さんの良さが発揮されていたと思いますね。

素人名人会(毎日放送)の参加賞

 

子供の頃、「4時だぜ!飛び出せワイワイワイド」の会員(スタジオメイツ)だった桂雀々さん

 

レギュラーだった桑原征平アナウンサー(当時)

 

同じくレギュラーだった麻田ルミさん