木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 一緒に時間を過ごしたというと、間寛平さんもその一人です。私が入社した翌年に、大阪のミナミにアメリカ村を開いた日限萬里子さんの紹介で吉本に入ってきました。最初は花紀京さんに付いて、身の回りのお世話などをしていたのですが、着物の帯を締めるとき、帯の端を持ってじっとしていればいいものを、くるくる回る花紀さんと一緒に彼も回ったために、いつまでたっても帯が巻けなかったとか、舞台が暗転して舞台袖に入るため、花紀さんの足元を懐中電灯で照らして転ばないようにしなきゃいけないのに、顔を照らしてしまったとか、エピソードに事欠かない愛すべき存在でした。当然付き人役は早々にお役御免にはなったのですが、そんな彼のキャラクターの面白さもあって、その翌年に始まった西川さんが主役のコメディ、「ABC学園」の生徒役にキャスティングをしていました。後に、木村進さんとのコンビでブレイクするのですが、当時の彼はまだそんな状況でもありませんでした。

 この番組は本番の前日、リハーサルが始まるのは各自が出演している劇場が跳ねてからの21時半位で、終るのが24時頃。西川さんたち出演者をすべて見送った後、自分も帰るのですが、京都まで帰るのが億劫だったこともあって、彼と一緒に神戸まで遊びに行きました。気楽さもあったのでしょう。終わった後は、再びABCまで引き返して、リハーサルの始まる8時半頃まで車中で仮眠をとって本番を迎えるというわけです。若かったのですね、2人とも。それにしても、彼がなぜ車に乗っていたのか?お互い金もないのにどうやって遊び代を工面していたのか、全く覚えていないのが不思議です。その後も何度か彼に家まで送ってもらったこともありましたが、何せ車を飛ばすんです。ある時、「一つ先の信号ではなく、二つ先の信号を見て走るのがコツなんですよ」という彼の講釈に耳を傾けていると、いきなりパトカーに「前の車止まりなさい!」と停車を命じられたこともありました。話に夢中になって、バックミラーをチェックしていなかったのですね。運転できない私には「後ろに気を配るように!」などというアドバイスなど出来ようはずもありませんでした。「ほらね」という彼に「ほらねやないやろ!」と思わず突っ込みを入れたりしていました。後に徳間音工から出した「ひらけ!チューリップ」が、累計100万枚の大ヒットとなって、木村進さんと共に新喜劇の看板スターになっていく、まだ前の出来事でしたね。

若かりし頃の間寛平さん

 

間寛平さんが唄った「ひらけ!チューリップ」

 

日限萬里子さん 空間プロデューサー。倉庫街だった炭屋町に喫茶店「ループ」を出店。アメリカ村の生みの親となりました。